容認できない若者の貧困

Amazonでなぜだか、若者の貧困に関する本が勧められてゐたので、幾つか購入してみたのだが、何れの内容も衝撃的であつた。昨今格差だ、貧困だといふ話題はメディア等でも囂しく叫ばれてゐるけれど、正直あまり気にもとめていなかつた。また、子供が虐待死される事件なんかを耳にしたときはその親に対して憤りを向ける事があつてもその背景については無頓着であつた。
また、現民主党政権下では子供手当てと高校無料化が大きくフィーチャーされてゐる所だが、理念はわかるけれど、財政問題から反対であつたが、少し考へを改めた。
今、これらの本を読み、貧困故に置かれてゐる若者の悲惨な情況を知ると、これは決して放置していいものではなく、すぐにでも対処しなければならない問題である事を認識させられた。


さて、全く門外漢であるけれど、私が個人的に思ふすぐにでも対処しなければならないことを挙げてみたい。
第一位:義務教育の完全無料化
憲法26条に、「義務教育は、これを無償とする」とあるが、実際はどうしても必要な諸費用(給食費、部活動、遠足など)で、小学校六年間では50万円はかかるといふ。これをゼロにするのは何よりも先ず優先するべきだと思つた。これが無償でないことは、つまり貧乏人は給食食ふな、遠足行くなと究極的には言つてゐるやうなもので、こんなこと文明的な国家のなすべき事ではない。現在有償の部分含めて全て義務教育の筈で、この現状は憲法批判とすらいへるのではないだらうか。


第二位:学習の遅れた児童へのサポート
底辺の高校に行く生徒といふのは、小学校の2年3年から授業についていけず、九九もまともにできない者が結構な数ゐるといふ。小学校の初めの方からすると、5年超も全く理解できない授業に出ることがどれだけ苦痛だらうか。また、彼らから真つ当な教育を受ける権利を奪ひ、将来自立するのに必要な基本的な知識技能を与へてゐないことになつてはいやしないだらうか。せめて算数なら3桁の掛け算、国語なら小6までの漢字の読み位まではなんとか、全員に習得できるやうにしたい。授業科目によつては、習熟度別授業をすべきだらうか。それ専門の教員や塾があつてもいいかも知れない。


第三位:中等教育の義務教育化と多様化
中卒の就職口はとにかく狭いらしい。また、あつても当然待遇は著しく低いだらう。社会の実態に合はせるならば、高校も義務教育化するのが妥当ではないだらうか。また、当然義務教育完全無料化が達成されてゐるならば、高校も無料となるのが当然である。そして、高等学校といふものを捉へ直す必要があると思ふ。学習の遅れた生徒に古文や二次関数を教へられる筈も、その意味も無い筈である。それは時間の無駄なので、広い職業訓練のカリキュラムを作るのがいいのではないか。これについても高等学校卒業と完全に同等な資格を与へる。意味のある教育を行つてこそ、彼らは次の有益な労働者になるのではなからうか。また、それで貧困が解消されるならば、彼らの世帯は日本の内需拡大に寄与することは間違ひないと思ふのだが。


格差は已む無し、必然存在するものであるが、決して容認できない水準の貧困が存在する。また、その貧困が聯鎖し、抜けることが大変困難な情況になつてゐる。本当は稀な才能を秘めてゐる子供がゐるかも知れないのに最悪な環境にゐるがために、10歳に満たない内に脱落して二度と這上れないなんてことがあつては国の大きな損失である。学生の質が落ちたなんていふのも正当な競争が行はれてゐないから、といふ理由もあるかも知れない。中国から優秀な学生を連れてくるのも結構だが、もう一度日本の若者たちを見つめ直す必要があるのではないだらうか。


子どもの貧困―日本の不公平を考える (岩波新書)

子どもの貧困―日本の不公平を考える (岩波新書)

ドキュメント高校中退―いま、貧困がうまれる場所 (ちくま新書)

ドキュメント高校中退―いま、貧困がうまれる場所 (ちくま新書)

若者たち-夜間定時制高校から視えるニッポン

若者たち-夜間定時制高校から視えるニッポン